FromNicaragua / 職場にて(6)
Date: Mon, 29 Jun 1998 01:48:00 +0900
「職場にて(4)」が2つ出ちゃいました。単なるミスです。ごめんなさい。
てなわけで、これが (6) になります。
で、今回、いろいろと用語が出て来てわかりにくいかもしれません。
話しが見えないという部分があれば質問してください。自分の知識の
整理も兼ねて、メールでの用語説明もやってみたいと思います。
# そうすりゃ、間違って覚えてる事があったらあちこちから
# 指摘してもらえるだろう…… (笑) 。
=== お金はないの? === ===
やはりと言うか、やっとと言うか (^^; 、この質問が出ました。どうも
情報総局(私が働いてる部局・日本語直訳名称)のネットワーク設備の更新に、
日本の技術援助と共に資金援助も期待できると思っていた模様。
そりゃ無理だよって言うと、「活動に対するある程度の支援費用は
出るって言ってた」と返されまして、確かにそれは間違いじゃないんだけど、
小さな、それこそ私が活動するために必要な資材を早急に購入したい場合に
使える程度の予算(*)であって、部門のネットワーク構築みたいな大掛かりな
プロジェクトに対する費用じゃないんだって、、、説明したつもりなんだけど、
さて、うまく伝わったんだろうか?
(*) 「隊員活動支援経費」って言います。どのくらいの額が出るか、
詳細はいまだ明らかにされておりません (笑) 。あるとわかってると
つい話しちゃうから、私も聞いてないんですが。
ともあれ、援助慣れしてる国ですから、往々にしてこういう事態は起きると
事務所の方から説明はされていたのでそれなりに対応出来たんですが、
結構いきなりだったので、ちょっとおたおたしてしまいました。
何にしてもお金が絡むと私の判断では何も出来ない、とにかく事務所の方に
行って相談してから、、、って事で後回しにしちゃいました。でも、
相談してもそんなものに予算が出ようはずも無いんですけどね (苦笑) 。
さて、どうごまかした物かと思案しながら、、、以下の話しに続きます。
=== 雑誌記事の後追い === ===
「お金……」の話しが出たので、「それじゃ、今後どういうシステムを
作りたいの?」と聞いてみたんですが、その話しからすると、今は
日本の1〜2年後をそのまま走ってる感じで、「イントラネット」という言葉と
雑誌の記事にワケもわからず (苦笑) 躍らされている様子です。
Helgaは、今まさに1,2年前の日本の企業の情報部門の担当者の苦悩を
そのまま地で行ってる感じで、上司からは「イントラネット」と呪文のように
言われ、それが何なのかイメージも掴めないまま、よくわからない英語の
雑誌の記事を読んで仕入れた知識で何とかしようって躍起になってる状態。
現状を書くと、部署内での情報共有ということでNetWareのサーバーがあり、
ファイル共有は既に動いている、つまりネットワークの線は張られている(*)
状況です。この他に、今後は電子メールとか部署内のWWWを使いたいとのこと。
gopherやarchieって話しも出て来たけど、「そんなもん、たかがこの程度の
部局の情報サービスに使うには大袈裟すぎ。そも、Webサーバーとブラウザの
機能にちょっとしたアイディアを付けりゃ代行できる」と一蹴しときました。
やっぱ、雑誌の記事ばっかりで現実を知らなさすぎる。。。
(*) 10BASE-2ですけどね。さらに、マシンがあまりに古すぎて
(286 12.5MHz、4MB mem、120MB HDD、Windows3.1 なんてのが現役)
NetWare対応出来てない部署もあるようですが。
ともかく今は部門内ネットワーク上でWWWと電子メールが使えるように
したいという事のようなんですが、「そのためにはMicrosoftのアレとこれを
買って、サーバーには最高性能のこのマシンを置いて、ディスクはRAID5で
なきゃダメで……」と、すっかりあちこちの雑誌の販売援助記事に毒されて
いるようです。
=== さて、御注文は? === ===
そういう現状と要求がわかればこっちのもんです。今現在手元にある物を
組み合わせて要望されている環境を作ってしまえばいい、その途上で
要求されている事の代替としてどういう事をやっているかを説明しつつ
後の保守を自前で出来るようにしておく、さらに発展も出来るように
アイディアを出すための下地を渡していけばいいわけで、ここまで来れば
後は今までの知識の総ざらえとアイディア勝負、お金を出すための仲介をしたり、
単に労働力の提供をするだけじゃない、本来の協力隊活動が出来そうです。
# ただ、問題なのは「教えてもらえる」と思っていること。
# 聞かれたら答えられるけど、一から教えるのは時間的にも
# スペイン語の能力的にも (^^; 不可能に近いって事も
# 説明しとかなきゃ。。。
ともあれ、古いPC/AT互換機を1台せしめて、これにUNIX(FreeBSD)を
インストールしてサーバーにすることにしました。ソフトは買うもの、
古いマシンで最新のソフトが動かなくなったらマシンを全て買いかえる
ものという固定観念があるようで、そのへん、ちょっと意識改革と共に
「古いマシンをうまく再構成して利用する」とか、「ある物をうまく
組み合わせて活用する」という方向に発想を転換してもらおうと
思ってます。
で、先週忙しかったのは、このマシンの立ち上げの他に、部門の
作業が少しばかり逼迫してて、マンパワーの提供もしていたためでして、
パソコンの掃除とか、トラブル対応、壊れた装置の修理なんて事も
やってました (苦笑) 。
さて、せしめたマシン、Cylixの486DX2 66MHz相当CPU、8MBメモリ(30pin SIMM)、
ディスクが280MB+128MB、NE1000互換ボード(壊れていたので、現在はNE2000が
入ってる)、SVGA、と、今時のマシンから比べたら涙が出そうなスペック。
そうそう、オマケで5.25inchのFDDも付いてますが、媒体が無いので
使うこたぁ無いでしょう。とりあえず外すのも面倒なので、お守り気分で
付けたままですけど。
CD-ROMが付いてないので、インストールは他のマシンにディスクだけ
移しての作業になりました。DOS/Vマシンをいじるのなんて初めて
だったので(*)、BIOS ROMの設定にちょっと戸惑ったりもしたのですが、
一通りのインストールを終えて立ち上がる事を確認し、ディスクを外して
稼動用のマシンに移して立ちあげる。。。おぉ、立派に動く (あたりまえ) 。
(*) ウソみたいでしょ。でも、ホントです (笑) 。
PC98で事足りてたし、DOS/Vマシンをあえていじる
機会も必要性もなかったので。
後は私のノートパソコンを使ってCDーROMからデータをFDに移し、本体に
インストールして……。
そんなこんなで、金曜日の午前にはシステムも立ち上がり、ネットワークに
繋がってWebサーバーまで動かす事が出来ました。最初は半信半疑だった
HelgaやOsminも、これでやっと「ボロもアイディアと努力次第でまた使える」と
納得したようです。来週からはこの他のサービスも立ちあげて、実際に
データを置いてあちこちのパソコンからそれを見てもらうということを
やってみようと思います。
で、このサーバーでそこそこ動くということがわかった時点で、どこかから
もう少し立派なマシンをせしめて(この部分になら隊員支援経費が使えそう)、
そいつを実際にサーバーに仕立ててもらうところを一からやってもらう、と。
ん〜、完璧なプラン。これで3ヶ月くらいの活動計画は何とかなるな (笑) 。
=== 練り直し === ===
そういうわけで、先週から書いてるネットワーク構成図、どこかから
予算が出るものと思って書いてたんだけど、そのどこかが自分の(というか、
JICAの)財布からという事がわかったので、構想も新たに「貧乏イントラネット」を
組むためのプランを練り直さなきゃ。
おーうち ; 1998/06/27
(c)1998 おーうち